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沖縄電気軌道(市街地路面電車)
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沖縄電気軌道(市街地路面電車):大正3年〜昭和8年 通堂〜首里 6.9km 駅數約20前後、一部専用軌道設置
 
 その昔、首里城の琉球王朝は、中国の民朝に申貢し琉球王として冊封されていた。申貢/冊封船は首里城眼下の、浅海の環礁の岬を起点に、東シナ海を行き来していた。環礁には砂州や岩礁の浮島が点在し、小舟への乗り換えは不便であった。
 やがて岬の外港から首里台地を結ぶ、海中道路を築堤し橋を架けた。東西の環礁の海水を還流させるため、アーチ状の石橋を架けたが、その景色を称して「長虹堤」と名付けられた。貿易/商業で賑わう港は那覇(な〜ふぁ:内海)と言われ、首里の王朝官庁街との堤の1里半は、往来する人々で賑わっていた。
 明治維新後の廃藩置県頃には、長虹堤の海水還流阻害と、河川の氾濫とで堤の内外は土砂が堆積し埋め立てられ、海岸線は西北に伸長し、膨張する商業都市の那覇市の、市街地として開拓され発展していく。
 首里と那覇間は徒歩や馬車、人力車などで行き来されていたが、大正3年に沖縄島初の電力会社と、路面電車が設立/開通した。路面電車は当初、大門前〜首里が通じ追って大門前(うふもんまえ)〜那覇港の通堂(とんどう)までの全線が開通し、徒歩圏内の首里〜那覇間の住民の往来に、一大交通革命をもらたした。
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通  堂 渡 地 前 見 世 前 郵 便 局 市  場 松 田 矼 大 門 前 久  米 西 武 門 裁 判 所 若 狭 町 潟  原 兼  久 泊 高 矼 泊 前 町 崇 元 寺 女 学 校 坂  下 観 音 堂 首  里

 大正3年5月に大門前〜首里間5.7km)ガ開通、同6年9月に大門前〜通堂(1.2km)も開通するが、新聞広告によると通堂橋-藤井呉服店前-警察署前-市場-松田橋-大門前(加田芳英著「図説・沖縄の鉄道」)。藤井呉服店前が後に渡地前(仮屋前:絵・松崎洋作/文・船越義彰「おきなわの路面電車」)に改称されたのだろうか?

 加田によると渡地前を過ぎて左(北)切し、かって薩摩藩の奉行所があった仮屋前を左に見、右の百十七銀行や勧業銀行を通過した先が見世の前とある。 見世の前が元の警察署跡に建てられた山形屋百貨店。郵便局前といっても実際は、1/2本南の路面を通っており、乗降客も少なく後に廃止(通過)されたとある。
 
 路面団車の車両図
 
全長:8,090mm 車幅:2,134mm 台車幅:1,830mm 軌間:1,067mm (図:松崎洋作「おきなわの路面電車より)
 絵・松崎洋介/文・船越義彰「おきなわの路面電車」

昭和5年の那覇市内地図と路線図