嘉手納線 その2(真志喜〜嘉手納)
表紙地図ページ                 嘉手納線(1)   糸満線
  
*お断り:このコンテンツは只今工事中です
 嘉手納線は駅数が多く、紹介ページがタテに長くなるので、2分割にしました。与儀〜大謝名はその1を御覧ください。

Google Map 上に赤い(押)ピンで、駅跡と推定される場所を示したが小さく見づらいので、クリックして拡大して御覧になることをお勧めする 

真志喜(ましき)
停車所(無人):大正11年開設、宜野湾市
真志喜集落の北で大山集落にも近く、次の大山駅より真志喜駅を利用し乗降客が多かった

↑ 線路跡が道路として残っているが、駅周辺は米軍がブルを入れたので痕跡がない

↑ 昔の線路敷道路の上り方向、↓ 下り方向で駅を出ると左手に東シナ海が広がる

大山(おおやま)
停車場(有人):大正11年開設、宜野湾市
上下線のすれ違い待機駅で駅長が通票を交換し、給水や給炭施設があった
製糖工場に隣接させるため、集落から離れた場所に設置し、引込線があった

↑ 駅を開設したが製糖工場はすでになく、引き込みのトロッコ線でキビを駅に運んだ

↑ 上り方向の旧線路跡道路、↓ 下り方向も旧線路敷が道路として残っている

北谷(ちゃたん)
停留場(無人):大正11年開設、北谷町
開通時は田んぼの中にぽつんとあったが、今はビーチと普天間基地に挟まれている

北谷のほとんどが米軍に接収され、駅周辺はハンビー飛行場だったが、普天間飛行場ができ返還された

↑ 上り方向、 ↓下り方向とも返還された飛行場跡の区画整地

桑江(くわえ)
停車場(有人):大正11年開設、北谷町
駅長が常駐が常駐し通票の交換駅であり、黒糖が搬入されたり、駅周辺には商店も有り賑わっていた

↑ 北谷公園やサンセットビーチに近く、桑江中学校前が駅跡、右は米軍基地

↑ 上り方向、右は桑江中、↓ 下り方向

平安山(へんざん)
停留場(無人):昭和11年開設、北谷町
平安山集落に駅が設置されたが、嘉手納飛行場のために集落名も消えてしまった

嘉手納飛行場の第1ゲート前辺りに駅があったとされる
 
↑ 上り方面、左は嘉手納飛行場 ↓ 下り方向、基地のゲートが見える
 
野国(のぐに)
停留場(無人):昭和11年開設、嘉手納町

野国集落に設置された駅や線路跡、集落も全て嘉手納飛行場の滑走路下

嘉手納(かでな)
停車場(有人):大正11年開設、嘉手納町
本島北部への中継点、物資の流通量も多く、製糖工場ヘも引込線があった

駅周辺には商店や樽の製造所もあり、駅前にはに馬車通学の学生たちで賑わった
 
有名な嘉手納ロータリー、右下は防衛省沖縄防衛局 ↑
↓ 左下が町役場、すぐ横が嘉手納飛行場
↓ ロータリーから南の上り方向 
 
 
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