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琉球絵巻「首里城」
御内原「黄金御殿」 
 
首里城復元予想図
首里城は現在時点で中央の四角い御庭を取り囲む、正殿/北殿/南殿まで復元されている
正殿の裏(東/右)側の居住空間であった、「御内原」地区は復元整備中で、未公開になっている

守礼門(グスク最西端、第一の門)
 首里城は沖縄随一の観光名所であり、公私共々ネット上に情報が多く、ここでは詳しくは解説せず、単なるWebアルバムとして、写真を羅列するにとどめた。掲載した写真の全ては、Google WebAlbum"PICASA"上のイメージを埋め込みリンクしており、写真をクリックすることでPICASAが、新しいウィンドウで起動し、 表示された画面で拡大表示が可能である。

 では、「拝観」順路に沿って写真を羅列していこう。拝観? 首里城は軍事施設ではあるが、行政・祭祀の施設でもあり、正殿は日・中の寺社様式が混合している。また、正殿から前の御庭(ウナー)の対面にある、奉神門を経た前之御庭の線上に、首里森御嶽(スイムイウタキ)があり、さらに聞得大君を筆頭とする女神官群の、祭祀空間として「京の内」も存在している。

歓会門(正門、訪問を歓迎する意)

瑞泉門(めでたい泉がある門)

龍樋(瑞泉門手前右側にある)

瑞泉門から城壁ごしに漏刻門

瑞泉門内側から見た漏刻門

漏刻門(櫓の水時計で時刻を知らせた)

不正確な水時計を補う日時計

漏刻門から瑞泉門、彼方に海が見える

広福門(左右に戸籍と寺社の役所)

系図座・用物座(系図と資料の役場)

系図座前の下之御庭に首里森御願

奉神門(下之御庭から主殿御庭へ)

奉神門から主殿が真正面に見える

奉神門を振り返ると首里森御願が

主殿と御庭(儀式用の通路がある)

主殿左に北殿(評定所・冊封使控所)

主殿右の南殿・番所(行催事・薩摩接待所)

主殿正面扉奥に御差座(玉座)がある

主殿から奉神門への通路が斜行している
玉座から奉神門を通して首里森御願が見える

正面に御願が見えるように通路と門を配置
御庭を取り囲む建物は、一見不規則な配置だが、正殿と北殿は直角に、南殿と奉神門は通路と直角並行

儀式の模型(国王は2階の御差床前軒下)

冊封式(国王は正殿前の冊封使前に起立)

下庫裏(シチャグイ:1階)の御差床(ウサスカ:玉座)

大庫裏(ウフグイ:2階)の御差床
 1階の下庫裏(シチャグイ)は、国王の政治や儀式を執り行う場。御差床(ウサスカ)は国王の出御する玉座で、左右に王子や親族が着座する平御差床がある。  2階の大庫裏(ウフグイ)は、王妃や高位の女官が使用した空間。ここにも御差床があり祝宴などに使われるので、1階より絢爛豪華である。

南殿裏(南)の書院(国王の日常業務場)

書院での冊封使接待に庭園を見せた

淑順門(主殿から国王らの住居「御内原」への門

右掖門(外部から御内原への門)

右掖門から久慶門(右手前)と歓会門(正面奥)

久慶門内側の城壁と赤瓦屋根御殿

久慶門(北通用門で女官用)

久慶門から城壁越しに瑞泉門

木曳門(建設修理物資用通用門)

京の内(聞得大君や神女の祭祀空間)、かなたに主殿

京の内から御内原方向、白金門が見える

白金門の奥は国王遺骸安置所「寝廟殿」、後ろは東アザナ

西のアザナ(物見台)、首里や那覇市内、那覇港や東シナ海の、慶良間列島まで見えた

継世門(南東通用門、国王崩御時に世継ぎの王子が入場

継世門から東外郭の城壁、発掘時の石積みが見える

東北側外郭のうねり曲がる城壁

城壁先端隅の張出しは、首里城にのみ許された

築城当初の城壁(赤点線、現内郭)と、後年の増強された外郭(青点線)

西側の国王廟所「玉殿(タマウドゥン)」から、東側で発掘整備中の御内原、さらに東の稜線公園までが首里城域となる

東のアザナから御内原、本殿を写した貴重な写真
足元に国王遺骸安置所の寝廟殿と白金門が見える
この空間の石組みは内郭の東端で、特異な雰囲気

整備復元予定の構築物


<新着>2014/1復元公開
御内原「黄金御殿」

              

斎場御嶽「東御廻い」   聞得大君「御新下り」

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