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那覇市東西14町「壺屋町民会;華鳳会」
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那覇大綱挽の「うふんなすねーい(旗頭行列)」は、黒装束の『むむぬちはんたー
(股引半套)』を身にまとった、にーせーたー(青年達)の舞わせるはたがしら(旗頭)が演じる。 |
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那覇大綱挽の正装である「むむぬちはんたー」は、上図のように上から頭に巻く「まんさーじ」、上着の「はんたー(半套)」、腹に巻く「さらし(一反帯)」、ズボンの「むむぬち(股引き)」、
そして「たーび(地下足袋)」の装いとなっている。
「まんさーじ」はつむぎで作った サージ saazi (ターバンのように頭に巻くもの)で、真綿の紡糸で作ったサージ(はちまき)。王府時代の男子の被り物。黒、または、黒茶色、
長さ約3メートルの小幅布で格式ある士が、ふだん上位の者を訪問する時、冠の代わりに頭に巻く。
巻き方は片端を後頭部に当て、頭の頂をおおうようにして前にのばし、額の所で折り曲げて頭の周りに数回巻きつけ、後頭部で末端をさしこむ。と解説にあるが難しい。
「むむぬちはんたー」はなぜか上下が逆の呼び方だ。この衣装がいつごろ発生しどのような場で用いられたかなど、ネット上には情報がなかった。
「はんたー(半套)」の襟から前のかぎ止めは、真っ白な絹の刺繍が施してある。左図の私の衣装の右腕には「壺屋」とこれも刺繍がされている。
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壺屋の旗頭「華鳳会」出陣の集合写真(2014)。町民会館前のびんじゅる御嶽前で、地区神女のお祓いを受け出陣する。
組織は会長/副会長/旗指揮長/旗守護長/旗持ち(4班)長・班員/綱方/写真班/給水班。(囃子方の打楽器隊は明日に紹介)。そして、町会役員の旗頭実行委員らで構成される。 |
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【以下は2015/10/9ブログのあとがき】
いよいよ「那覇大綱挽・旗頭行列」まで後2日! 期待と不安が錯綜してきた。今日の本編に載せたボクの「むむぬちはんたー」写真、
サイズは”S"なのにはんたー(上着)の裾が長過ぎるし、むむぬち(股引き)の股下が長すぎる。股引きを上着の下に履くので余計に足が短く見える。
まぁ、老衰で縮小を続ける短足体幹にお似合い? 独り身になってから食が細りやせ細る一方で、検診/受診のたびに身長/体重が目に見えて縮んできた。
最盛期の160cm/60kgの”M"サイズからナンと157cm/41kg! 診察のたびに医者から痩せすぎ! といわれるあばら骨。
移住当初は意気軒昂で那覇市の名所を巡り歩き、牧志から国際通りを久茂地の県庁/市役所/りゆうぼうへの、往復数kmは平気で歩けたはずなのに自信がない。
壺屋から牧志駅や日赤病院までの1km未満もガクガク。この1〜2年に著しく脚が弱ってきた。
こんな体力なのに降って湧いたように、「まな兵衛さん、そろそろ国際通りを『うふんなすねーい(旗頭行列)』しませんか」!
青天の霹靂!? まさか町民会活動4年目にして声が掛かるとは? そして、とてもじゃないけど国際い通りを端から端まで歩けるかなぁ〜
壺屋自治会館前のびんじゅる御嶽から、やちむん通りを道じゅねー(巡業)して牧志まで。
国際通りから綱曳会場、そして帰路も延々歩き? 往復で約4kmはいまの体力/脚力では不可能。「大丈夫、国際い通りから綱曳会場まで2kmだけど、
2時間以上もかけて休み休みだし、途中に救護テントもあるしリタイヤできますよ。また、綱曳終了後は市のバスで戻れます」とのこと・・・ |