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那覇市東西14町「壺屋町民会;華鳳会」
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恒例の「那覇大綱挽」が10/11(日)に開催される。那覇の市制50周年を記念して本土復帰の前年(1974)、戦中の10・10那覇大空襲の日に復活して今年で45回目となる。
移住民ゆえに一観客とし見てきたが、地域に溶け込み(壺屋町民会)実行委員の一員として、旗頭行列に参加できることになった。 |
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本番の大綱挽に先立って「ウフンナスネー(大綱挽行列)が、東西7x7地区の旗頭を先頭に国際通りを行列し、途中の10ヶ所の旗頭ガーエー(我栄)ステージで、
旗頭の勇壮な演舞を繰り広げ2時間をかけて、大綱挽会場に旗入れをする。
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国道55号線久茂地交差点での大綱挽は、事前に敷き並べられた大綱前に東西14町の旗頭が、旗入揃えをして式典が開始される。
旗頭の一斉ガーエーで雌雄の綱寄せがはじまり、「カヌチチジ(頭貫入棒)」によって雌雄の綱が結ばれ、一本の巨大で長大なギネス認定の本綱が完成する。
東西の綱上に緋毛氈の支度台が載せられ、中山(東方)と南山(西方)の支度ガーエー(見栄切り)がはじまる。
次いで東西の大綱上に各旗頭の綱方が上り、カネ(鉦)の合図とともに1.5万人による綱曳が開始される。30分1本勝負で過去13勝同士15引き分けとなっている。 |
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【以下は2015/10/5〜ブログのあとがき】
1週間後に「那覇大綱挽」のカウントダウン。移住5年目にして今回はじめて当事者として参加! 移住の成功条件の一つとして地元への融合がある。
1年目は壺屋焼窯元の陶芸道場通い。3ヶ月コース終了日の(陶芸)窯焼きピザパーティを、4コースも経験し窯主や陶房の職人たちと親しくなった。
2年目に壺屋町民会の勧誘で加入し、初回出席日の歓迎懇親会で最後まで居残り、役員諸氏の顔と名前と仕事を根掘り葉掘り。20余人の役員中に陶芸関係者が3分の2とわかった。
すぐに名前を覚えてくれていきなり1班の班長に。それから3年の月1役員会/懇親会や各事業に皆勤賞。
そして(町民会活動)満3年でついに(準)ナイチャーとして認められた。先月の敬老の日/役員会で大綱挽/旗頭実行委員長さんから、
「まな兵衛さん、旗頭行列で国際通り歩いてみませんか?」。エッ! ホンと? 過去4年は移住者として一観客だったが、「今度から町会実行委員として『当事者』ですよ」
市場通りの琉球衣装専門店で大綱挽の正装、「むむぬちはんたー(股引半套)」黒装束を誂え(町民会負担)、本日やっと届いて試着をしたら一気にナイチャー気分!
頭巾のまんさーじ(変形ターバン)の巻き方など、10/11(日)当日に実行委員長さんが教えてくれるという。ワクワク・ドキドキ脚に自信なし・・・ |