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沖縄は先の第二次世界大戦で、地上戦の舞台となり大きな痛手を受けたが、幸い壺屋地区は比較的軽微な被害で済み、陶工たちは戦後1番に壺屋に戻り、復興はいち早く行われた。
復興後は住宅密集地になったため、薪窯による煙害が公害となり薪窯の使用が禁止された。壺屋に残る陶工はガス・灯油窯に転換したが、薪窯にこだわる陶工は読谷村に移窯することになった。
読谷村は周辺に良質な土が豊富にあったため、陶業には最適の場所となって、壺屋とは違う「やちむんの里」として発展した。
今日では壺屋や読谷村以外にも沖縄本島離島全域に分散する運びとなっている。 |
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