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Story of the "Jubilee Singers"
「ジュビリー・シンガーズ」物語と黒人霊歌
− 奴隷解放後の歌による黒人教育募金活動の記録

 解放の年 − 1861年に始まったアメリカの内乱である南北戦争は、北部連合軍による南部連合を統合し、合衆国を設立するためであった。北軍の勝利は結果として奴隷制度を廃止し、差別された黒人の解放をもたらした。
 北軍の連勝により解放された黒人奴隷達の多くは、そのまま解放地点の北軍に身を投じ、奴隷解放運動の父といわれる、ジョン・ブラウンをたたえる歌があたかも北軍の軍歌のように歌われた。解放されたほとんどの黒人達は、南部の奴隷制度下で教育を受けていなかった。
 この戦争の結果400万人もの黒人達は、突然の自由を得たのであるが、彼らは家も金も教育も持っていなかった。解放により自由とそれに伴う義務、 そして何よりも自立を学ばせる必要が生じた。解放された黒人のための学校は、早くも1863年に伝道協会によって設立された。
 南部の主要拠点に設立された神学と教育者養成の 専門学校群は、北部の伝道教会関係者を中心に資金 と人材を募り開設された。
 教会の公認学校は7校で右表の通りである。
 
 ビリア専門学校  ケンタッキー州ビリア
 ハンプトン学院  ヴァージニア州ハンプトン
 フィスク大学  テネシー州ナッシュビル
 アトランタ大学  ジョージア州アトランタ
 タレデーガ専門学校  アラバマ州タラデーガ
 トゥガルー大学  ミシシッピー州トゥガルー
 ストレイト大学  ルイジアナ州ニューオリンズ

 
 このうちテネシー州のナッシュビルは奴隷制度を保持していた南部11州のうち8州がテネシー州に接していて、解放された人々の5分の4もが集中する中心地であった。1865年にナシュビルに設立されたフィスク大学は、他の学校と同様に伝道教会の牧師など少数の篤志家により、急造の建物を流用 した校舎から始まった。不足する資金には奴隷用の監獄から回収した手枷足枷などを、古鉄として売却 して補ったという。
 大学は初年度から多くの黒人教育者を送り出し、その教師達は直ちに地方に赴任し、1万人もの児童を教えたという。しかし年を重ねるうち教育施設の不足と、急造の校舎は崩壊の危険性が増し、新校舎建築の資金を募る必要性が出てきた。その一環として大学で音楽を教えるジョージ・L・ホワイトが組織した黒人合唱団が、全米に向けて募金公演を開始することになった。これがジュビリーシンガースの始まりである。
 1867年には早くも合唱団は周辺各地で公演を行い成功納めている。財政的な成功もさることながら、黒人の音楽性を白人に認識させたことが特筆さ れる。数年間の地域的な活動を経て、1871年に全米公演が始まった。
そのメンバーは右表の通り。
 
  サム・ドイルが通ったPenn School(1910's)
 
 ジョージ・L・ホワイト  指揮者
 イラ・シェパード(20)  ピアノ兼歌手
 マキー・L・ポーター  歌手
 ジェニー・ジャクソン(19)  歌手
 ミニー・テート(14)  歌手
 エリザ・ウォーカー(14)  歌手
 フィーブ・J・アンダースン  歌手
 トーマス・ラトリング  歌手
 ベンジャミン・M・ホームス  歌手
 グリーン・エヴァンス  歌手
 アイザック・B・ディッカースン  歌手
 ジョージ・ウェルス  教師兼歌手
 オハイオ州シンシナティからスタートしたジュビ リー・シンガースは、様々の迫害と戦いながら、ペ ンシルバニア州、ニューヨーク州、コネチカット州、ニュージャージー州、ワシントンDC、マサチューセッツ州、ロードアイランド州、メイン州、ニューハンプシャー州、ヴァーモント州など東部への公演旅行を重ねた。
 ある都市ではわずか20ドルの収入しかなく、食費、宿泊費を補えず、もちろん次の公演地への汽車賃もないことも度々であった。食堂、ホテル、汽車はいうにおよばず、講演会場でも黒人差別に悩まさ れ続けた旅も、次第に新聞などのマスコミや教会関係者の推薦などの口コミで高評価を得だし、後半の公演では好成績の連続で、寄付金を合わせ3ヶ月間で$20,000もの募金を得た。
 
 大学へは凱旋の帰路となった。乗車を拒否された汽車も1等車に案内されたという。大学では名状しがたい歓喜と感謝を持って迎えられ、「涙とともに出立し、札束余携えて還りし」と沸き立ち、黒人であるがゆえの驚くべき忍耐と欠乏に打ち勝ち、黒人音楽への驚くべき賞賛と勝利の旅であった。
 ジュビリー・シンガースはその後2度目の米国公演、2度のヨーロッパ公演を成功させ、世界的な名声を博した。
 その初回の公演に参加した数人のメンバーの略歴を記すことで、解放前後の黒人差別を実感していただきたい。また、彼らの音楽を文章で表現すること はできないが、彼らの歌った黒人霊歌のいくつかをMIDIでお聞きいただきたい。もちろん黒人得有の声質やシンコペーションなどを無視した、単純な音符の羅列にすぎないことをお断りしておく。
メンバーの略歴 黒人霊歌集
イラ・シェパード(20)
 ナッシュビル生まれ、父は奴隷時代からこつこつと長年にわたって金を貯め、1800ドルの身代金を彼の持ち主に支払い自由を得、妻と子を買い取るべく貸し馬小屋をはじめた。妻はミシシッピー州の白人家庭に買われており、娘をかまっていられないほどこき使われていた。
 15ヶ月の娘のイラを瀕死の状態のとき350ド ルで買い取り、ナッシュビルに連れ帰った。また金を貯め妻を買い取ろうとしたが持ち主が拒否し、 飼い殺しとなってしまった。イラは自由を得て自営を営む父親のお陰で、音楽を学びピアノの才能があった。戦争後フィスク大学に潜り込みホワイトの合唱団を手伝い、ジュビリー・シンガースのピアニス ト兼歌手として活躍した。

マキー・L・ポーター
 テネシーの富豪に所有されていた家政婦の母親から生まれた。姉はミシシッピーの田舎に売られ音信不通となった。戦後自由を得た父親は仲間ともにリベリアに賭けたが音信不通になった。13才でフィ スク大学に入り、2年後の15才のとき最年少の教師として地方に赴任した。休暇をおえて任地に帰ると差別者により学校は灰になってしまっていた。やがてホワイトの合唱団が組織されたとき招請されて以来、ジュビリー・シンガースを代表する歌手となった。

トーマス・ラトリング
 1854年テネシー州生まれ。父親は彼が生まれる前に売られ以来消息不明。母親は逃げ出してはムチ打たれる繰り返しで、トーマスの幼い頃に売られてしまった。兄や姉妹も各地に売られて音信不通。 解放は奴隷小屋で主人から告げられ自由になったがそのまま野良仕事を続けフィスク大学に入学。

ベンジャミン・M・ホームス
 サウスカロライナ州で奴隷の父母から生まれた。1846〜48年と記憶が曖昧。1862年北部連合軍の占領を前に売り飛ばされ牢屋に閉じこめられた。牢屋のなかでリンカーンの解放令を手に入れたが、解放されず転売され母親と最後の別れとなった。




このページは音楽の友社が昭和35年に発行した、
"The Brothers and Sisters of The Fisk Uni-versity with Affection and Reverence"を、津川主一訳編の「ジュビリー・シンガーズ、物語と黒人霊歌集」から転載しました。
"♪"をクリックすると曲が演奏されます
title play
Nobody Knows the Trouble I See, Lord!
Swig low, Sweet Chariot
Room Enough
O Redeemed
From every Graveyard
Children, we all shall be Free
Roll, jordan, Roll
Turn back Pharaoh's Army
I'm a Rolling
Didn't my Lord deliver Daniel!
I'll hear the Trumpet Sound
Rise, Mourners
I've just come from the Fountain
Gwine to ride up in the Chariot
We'll die in the Field
Children, you'll be called on
Give me Jesus
The Rocks and the Mountains
Go down, Moses
Been a listning
Keep me from sinking down
I'm a t ravelling to the Grave
Many Thousand Gone
Steal Away
My Lord's writing all the time
Judgment Day is Rolling Round
The Gospel Train
We'll stan the Storm
Shine, Shine
In the River of Jordan
I'm so Glad
Come, let us all go Down
Zion's Children
Oh! Holy Lord
This Old Time Religion
The Ten Virgines
He Arose
Save me, Lord Save
Judgment will fine you so
He is the Lily of the Valley
Prepare me
My Ship is on the Ocean
March on
My Way's Cloudy
Ride on, King Jesus
What kind of shoes are you
 going to wear?
Mery and Martha
I ain't going to die no more
Getting Ready to Die
The General Roll
I'm Trouble in mide
I'mgoing to Live with Jesus
I've been in the Storm so long
Go, chain the Lion down
When Moses smote the Water
Oh! Sinner Man
My good Lord been here
A little more Faith in Jesus
Did not old Pharaoh getlost?
赤い太字の曲は現在のフィスク大学合唱団、ジュビリー・シンガースの歌声を聞くことができます。
聴くためにはRial Playerが必要です。