(Wiki)
ブルノ( Brno)はチェコ第2の都市でチェコ東南部のモラヴィア地方の中心都市であり、スヴィタヴァ川とスヴラトゥカ川の合流点に位置する。
歴史
11世紀末にはプシェミスル家のシュピルブルグ城がおかれており、12世紀末よりモラヴィア辺境伯領の中心地となった。この頃よりドイツ人の移住が盛んになりドイツ化が進んだ。
15世紀前半のフス戦争では、フス派の攻撃を幾度か受けたが撃退に成功した。近世を通じてモラヴィア地方の中心都市であり続け、17世紀前半の三十年戦争でもスウェーデン軍による攻撃を守り抜いた。18世紀半ばのオーストリア継承戦争では、プロイセンが街の征服を図ったがこれも失敗に終わった。
18世紀後半、この地の周辺で炭坑が見つかり、19世紀より繊維産業が本格的に発展し、「チェコのマンチェスター」とも称された。
第一次世界大戦後に建国されたチェコスロヴァキアの一都市となり、第二次世界大戦後の1948年の共産主義化されたが、1989年の東欧革命、1993年のチェコ・スロヴァキア分離を経て現在はチェコ共和国。



|