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 かってハワイには9つの営業鉄道と、6つの島に46もの農園専用のシュガートレインが走っていた。 そのすべてが現在は廃止されハワイには鉄道がない。 しかし、かっての路線を遺産とする保存鉄道など4ヶ所では観光営業をしている。

【遺産鉄道線】
 ・ハワイ島ラハイナ・カアナパリ&パシフィック鉄道
 ・オアフ島ハワイアン鉄道協会遺産線
【遺産農園線】
 ・カウアイ島キロハナ・プランテーション鉄道
【新設農園線】
 ・オアフ島ドール・パイナップルガーデン鉄道
   
■カウアイ・プランテーション鉄道

より大きな地図で カウワイ農園鉄道 を表示

 旧カウアイ鉄道(1906-1947 30km/914mm)の遺産ディーゼル機関車を受け継ぎ、農園内に4.8kmのループ線を施設し観光営業中。

 近々に旧オワフ島のシュガートレインのボールドウィン蒸気機関車が修復され投入されるという。

KAUAI Plantation Raiway

KAUAI Plantation Raiway
■ラハイナ・カアナパリ・パシフィック鉄道

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 北のカアナパリサトウキビ畑から、南のラハイナの製糖工場までの線路を、1969年観光用に整備された。

Lahina-Kaanapali & Pacific RR
■ハワイアン鉄道協会遺産線

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 グーグルアースの遺産地図集にハワイのオアフ島1899年があり、真珠湾あたりをズームアップすると鉄道の線路が書き込まれていた。

 幹線は OAFU Railway 多くの分岐線には Plantation Railway と書いてある。 線路を追っかけるとホノルルのワイキキ西側の港から真珠湾を経て、西端の岬を廻ってさらに北端の岬も廻った先まで通じていた。

 実に島の3分の2を時計の5時から13時まで通っていた。
 オアフ鉄道は単なるシュガートレインでなく旅客輸送も手がけ、1941年の日本軍による真珠湾攻撃の被害も直ぐに修復されたという。 日本敗戦の翌年にハワイを襲ったアリューシャン地震の大津波の大被害で廃線となった。

 その後海軍が引き継ぎ再建し、西海岸の弾薬庫から飛行場や軍港まで、実に朝鮮戦争からベトナム戦まで運用していたという。

 地図では南西海岸の海軍飛行場の北側に駅があり、Varona Village で Hawaiian Railway Society となっている。
 ハワイ鉄道協会は海軍が弾薬輸送をトラックに切り替え、1970年に線路を放棄したのを受けて設立された。 海軍から昔の蒸気機関車や最近まで現役だったジーゼル機関車等々を譲り受け、 車両や線路を修復し海軍飛行場の北から旧弾薬庫辺までの10.5kmを観光運用している。
■ドール・パイナップルガーデン鉄道

より大きな地図で ドール・パイナップル鉄道

パイナップルで有名なドール社のパイナップル・エクスプレス

写真はドール社のパンフレットより

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