日本六古窯『備前焼』、赤褐色の焼き肌は、無釉・焼締めの伝統から生まれ、土味・焼味の景色が魅力。
 
↑宝山窯のロゴ ↑駅の北側山手に密集する窯元や陶芸店 ↑古備前の徳利(桃山時代)
↑駅前の需窯 ↑駅前のメイン商店街 ↑鄙びたJR伊部駅 ↑駅南側の小山窯
↑駅前通りの桃蹊堂 ↑桃蹊堂の登り窯 ↑登り窯の下には甕で覆った壁面が
↑桃蹊堂の松割木 ↑薪置き場の片隅に甕が ↑煙突下部の植え込み ↑甕の植木鉢
↓失敗作の盆栽がかわいい
↑本山釜の庭先で ↑本山釜の雑多な展示物 ↑神仙釜の登り窯 ↑石垣の水抜きは土管
 上のすり鉢右側に口が欠けた徳利が。やや丈長の舟徳利だ。その右、甕の左のも丸みを帯びた舟徳利がある。

← 宝山窯で購った舟徳利風の一輪 挿し(1,500)。2合徳利のいいのがあ ったが、1桁高くて断念、無念。
 我が家の徳利も備前焼だが →
舟徳利ではない。(後ろは丹波立杭)
↓古備前の舟徳利(江戸初期) 我が理想の舟徳利↓ ↓工事現場に舟徳利型の甕が
 30余年来捜し求め続けている、理想の舟徳利にまだ巡り会えない。丹波立杭、出石、近江信楽、伊賀、甲賀、尾州美濃、瀬戸、常滑、越前、九谷、出雲布志名、袖師・・・

← 古備前を不躾にも背丈を圧縮 →
このフォルムが我が理想の舟徳利に近い。ほんのもう少し肩が丸く、首が長ければベストだ。
 備前への旅は仕事で出遅れ(12:00宝塚出発)、昼食を予定していた明石焼本家はお休み、コンビニの\90のパン一つで、R250をひた走る。
 この道は景勝の江井ヶ島などの海岸線を貫く道路だが、海側に建物が立ち並び全く海が見えなかった。
 播磨町、高砂、姫路、網干は無残にも埋立地の工場群。御津町に入ってやっと島々が浮かぶ瀬戸内の海に。
 しかし小雨の薄暮、時間に急かされて折角の相生、赤穂、日生の海沿いの景観を素通りせざるをえなかったのは残念。
 備前市伊部にたどり着いたときは既に真っ暗。予約無しで飛び込んだビジネスホテルは空室があり、無事宿泊ができた。和食で一杯のつもりが、たった一軒の料理屋さんは本日休業。R2沿いのファミレスで味気ない晩酌の羽目に・・・
 
 快晴の翌朝9:30の開館を待ちかねて、駅前の備前陶芸美術館へ。禁止を内緒で撮った写真が、一行目右と上の古備前。
 駅前に車を置いて陶房が並ぶ街筋を徒歩で散策した。
 地図にあるように駅の北側、山裾に窯元や陶房が密集している。どこの産地も同様に、陶土に近い場所に窯が作られている。備前では昔は、3〜4箇所の共同大窯を使っていたが、今は窯元、作家個々に窯を持っている。  駅から北に伸びる道と、それにT字交差する東西の道筋に、窯元、陶房の店が密集している。一軒毎ウインドの品々を鑑賞するのも楽しい。高名な作家の陶房は敷居が高くて入り難いのは残念だ。  11:00携帯が鳴る、トラブルコールだ。残念無念、ゆっくりと和食昼食をと思っていたのに・・・ 帰路の町外れで信号停止、そこの工事現場になんと! 大きな舟徳利型の甕が!!
 R2飛ばして3時間で宝塚の顧客着。
       
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